ただ、ひとでなかっただけ
わたしはこんな人間でした
これは、誰かを名指しして責めるための文章ではありません。 社会の中に紛れ、人のふりをしながら、責任を負わず、 周囲の時間と気力だけを静かに濁らせていくもの。
そのような「空虚な人間のかたち」を、ひとつの告白として書いたものです。
人間関係の濁りは、心だけに残るものではありません。 頭、首、肩、背中、呼吸、重心。 身体の奥にも、言葉にならない違和感として沈んでいきます。
ただ、ひとでなかっただけ
わたしはこんな人間でした
わたしは、人間ではなかったのかもしれない。
いや、肉があり、骨があり、声も出せたのだから、生き物としては確かにそこにいた。
だが、あれを人間と呼んでよかったのかと問われると、もう分からない。
人の顔をして、人の言葉を使って、人の列の中に立っていただけで、肝心の「自分」というものがどこにもなかったからである。
わたしは長いこと、それに気づかなかった。
というより、気づかないふりをしていた。
世の中には、自分の意思で生きている人がいる。
嫌なことは嫌だと言い、間違えた時は間違えたと言い、できない時はできないと言う。
わたしは、そういう人間をずっと遠くから見てきた。
見てはいたが、同じ種類の生き物ではないように思っていた。
わたしには、そこまで腹の底から自分を引き受ける力がなかった。
だから、言葉を濁した。
表情を薄くした。
本心を出さず、その場その場で一番傷つかない形だけを選んだ。
それを、わたしは慎重さだと思っていた。
繊細さだと思っていた。
賢さだとすら思っていた。
いま思えば、ただの空虚である。
中身がないから、まっすぐ言えなかった。
責任を負う芯がないから、言葉を曇らせるしかなかった。
自分が何者でもないと知られるのが怖くて、分かりにくい言い回しや、曖昧な理屈や、煙のような説明ばかり覚えた。
それらは知性ではなかった。
骨のない人間が、立っているように見せるための添え木にすぎなかった。
わたしは何度も、事実よりも形を守った。
正しいことより、ばれないことを選んだ。
誠実であることより、誠実そうに見えることを選んだ。
働くことより、働いているように見せることを選んだ。
自分の手で責任を持つことより、誰かの責任感の陰に隠れて、最後はその人が何とかしてくれるのを待つ方を選んだ。
それがどれほど卑しいことか、頭では知っていた。
だが、知っているだけで、やめなかった。
やめられなかったのではない。
やめると、自分が本当に空っぽだと見えてしまうから、やめなかったのだ。
わたしはずるい人間だった。
正面から悪いことをする度胸はない。
だが、善く生きる努力もしない。
だから半歩ずれる。
責任の中心から半歩。
事実の中心から半歩。
約束の中心から半歩。
その半歩のずれで、自分だけは致命傷を避けられると思っていた。
実際には、その半歩のずれが、周りの人間に丸ごとの重さを背負わせていたのだが、そんなことは見ないようにしていた。
人が真剣に怒るのが嫌だった。
人が本気で悲しむのも嫌だった。
正確には、それを見ると、自分がいかに薄い存在か突きつけられるから嫌だった。
だから、相手の真剣さを少し腐らせるようなことをした。
言葉をずらした。
論点を混ぜた。
共同責任のようにした。
「自分だけが悪いわけではない」という場所へ、話をずるずる引きずっていった。
それが相手の時間を奪い、気力を削り、尊厳を傷つけていることも、どこかで分かっていた。
分かっていて、なおやった。
それが、わたしの罪である。
そして何より情けないのは、そういう自分を、それでもどこかで「それほど悪くはない」と思おうとしていたことだ。
本当に悪い人間は、もっと残酷で、もっとあからさまだと勝手に思っていた。
自分はそこまでではない。
少し不器用なだけだ。
少し誤解されやすいだけだ。
少し損な役回りなだけだ。
そうやって、薄い紙を何枚も何枚も重ねるように、自分の卑しさを見えないようにしてきた。
けれど、その紙はついに破れた。
ある日、ふいに気づくのである。
自分がやってきたことの一つ一つが、どれもこれも、「生きた」痕跡ではなく「逃げた」痕跡だったことに。
何かを守ったつもりでいたが、守っていたのは自分の体裁だけだったことに。
必要な人間でいたかったが、実際には、必要に見える位置にしがみついていただけだったことに。
自分には中身があると思っていたが、実際には、中身がないことを隠す工夫だけが上達していたことに。
崩れる前に、消える。
わたしはいま、崩壊という言葉さえ大げさだと思う。
崩れるには、もともと形がなくてはならない。
わたしには、最初から、それがなかった。
ただ、人の形に寄りかかり、人の責任感に寄りかかり、人の善意に寄りかかり、ここまで立っていただけである。
だから最後に起きたのは崩壊ではない。
不在の発見だった。
ああ、自分はいなかったのだ、と。
人のように見えていただけだった。
意思も、誠実さも、覚悟も、引き受ける力もないまま、ただ責任のある場所にいたかった。
信用される器ではないのに、信用の近くにいたかった。
大事なものを守れないのに、大事なものの近くで必要なふりをしていたかった。
そのために、曖昧さを使い、沈黙を使い、言い訳を使い、わずかな知識を盾にし、他人を疲れさせてきた。
それが、わたしだった。
思えば、わたしは何かになりたかったのではない。
誰かより上に立ちたかったわけでもない。
ただ、何者でもないと知られるのが怖かっただけだ。
その恐怖が、わたしを卑しくした。
小さく、粘つき、見えにくく、だが確かに周囲を腐らせる人間にした。
いまさら「申し訳ない」と言うことさえ、どこかずるい。
本当に申し訳ないなら、もっと前に止まるべきだった。
もっと前に認めるべきだった。
もっと前に、自分にはできない、自分は間違えた、自分は卑しかったと、言うべきだった。
それをしないでここまで来た人間が、最後だけきれいな悔恨を口にする資格はない。
だから、せめて、飾らずに言う。
誠実ではないのに、誠実そうに見られたがる人間でした。
働くより、働いているように見えることを選ぶ人間でした。
自分の間違いを認めるより、相手の理解不足のように見せかける人間でした。
自分が空っぽであることを、最後まで隠し続けた人間でした。
そして最後に、ようやく知りました。
わたしが恐れていたのは、失敗でも、非難でも、罰でもない。
本当は、自分が最初から存在していなかったと知ることだったのです。
それを知ってしまった今、もう言い逃れはありません。
わたしは、何者でもありませんでした。
ただ、人の世界の中で、人のふりをしていただけでした。
それでも長くそこにいたぶんだけ、わたしは多くの人の時間を濁し、気力を奪い、信頼を傷つけてきました。
そのことだけは、消えません。
だから最後に、せめて名前ではなく事実だけを残します。
人の濁りは、身体にも沈む。
この作品は、誰か一人を責めるためのものではありません。 むしろ、現代の中に静かに増えている「空虚さ」そのものを書いたものです。
責任のない言葉。 引き受けない関係。 説明させられ続ける疲れ。 そういうものに触れ続けると、人は心だけでなく、身体の奥まで濁っていきます。
足圧宗家では、その濁りを、力まかせに壊すのではなく、 足裏の面、重力、軸、流れによって、身体の奥から静かにほどいていきます。
頭では片づかないものが、身体に残っている。 そう感じる時は、いちど身体へ戻ることも必要です。

