治面師たち “掌の記憶“

駅前の喧騒に溶け込むように、施術院の看板が揺れている
白地に赤く染め抜かれた「1時間1980円」の文字
その単純で親しげなフォントが
疲れ果てた人々の目をとらえ、足を止めさせる
誰もが、癒しの光を求め、ためらいがちに扉を開ける
しかし、その奥に広がるのは、ただの施術室ではない
そこは、かつて誇りを胸に秘めた者たちが
静かに堕ちていく場所だった
“癒しの名を借りた沈黙の底で”
「国家資格さえあれば、食いっぱぐれることはない」
かつて、彼らはそう信じていた
“治面師”と呼ばれるその手の持ち主たちは
正規の資格を持ちながらも、長く続く不景気に耐えかねていた
肩書きは輝きを失い
技術は、もはや手早く済ませるための単なる作業と化していた
施術台に横たわる患者の背に指を沈めながら
彼らの心は別の場所にあった
返済日を指折り数え
競馬のオッズに思いを馳せ、店の帳簿と睨み合う
癒しとは名ばかりの、数字と負債の世界
彼らの手は、人を癒すのではなく
ただ、終わらない帳尻合わせをなぞるだけだった
やがて、光を喪う日が来る
「この街には、安くていい店がたくさんあるのね」
そう言って微笑む女性客の声が、乾いた部屋にこだまする
ふと彼女が帰った後
院の奥に置かれた施術師たちのロッカーが目に入る
どれもくたびれた鍵、落書きされた扉
そして開けるたびに酒の匂いがこぼれる
生活の破綻は、最初は静かにやってくる
少しの遊び、少しの借金、少しの誤魔化し
だが、それが日々の景色に溶け込み
ある日気づくと、自分自身の輪郭が曖昧になっている
「国家資格を持ってるなら、もっと稼げるはずだ」
どこからかそんな声が聞こえる
反社会勢力の影が忍び寄り、融資と称した金が手渡される
最初は軽い気持ちだった
けれど、その金は思いのほか重かった
“治るという幻想の舞台裏”
「痛みが消えた」「身体が軽くなった」
その言葉を発する患者の顔は、どれも同じように見えた
施術師たちは知っていた
それが、演じられたものだということを
ある男が言った
「患者なんて、リピーターになればいいんだ。治す必要なんてない」
嘘の笑顔、形だけの施術
彼らは、いつしか自分が何をしているのかを考えることすらやめていた
“奪われるものの重み”
問診表に記された名前、住所、電話番号
治療の記録のように見えて、それは別の目的を孕んでいた
「お客さんの情報、大事にしますから」
だが、その紙束は、次々と名簿業者へと流れていく
彼らは、知らぬ間に生活の一部を奪われ、搾り取られていく
もはや、ここで癒されるものなど何もなかった
“堕ちていく者たちの足音”
治面師たちの背中は、どこか疲れている
かつては誇り高く、人を救うことに情熱を燃やしていたはずなのに
今は違う
「もう、どうにでもなれ」誰かがそう呟いた
だが、その声は、もう誰にも届かない
彼らの手は、もはや誰かを救うためにあるのではなかった
己の人生すら、もう救えないのかもしれないと、そう思いながら
“それでも、誰かを求めて”
街の灯りは、夜の闇に静かに滲んでいく
人は今日も疲れ
どこか安らげる場所を求めて、ふらりと扉を押し開ける
そこにあるのは、ひどく簡素な施術室
だが、その奥に広がる深淵を、まだ誰も知らない